太平洋戦争は、日本軍による真珠湾奇襲攻撃で幕を開けました。
しかしこの時に重大な問題を日本側は起こします。それは、アメリカに対する宣戦布告の文書を真珠湾奇襲直前に提出する予定だったはずが、手違いで真珠湾が
奇襲された後に提出してしまったというものです。
宣戦布告をする前に、米海軍の太平洋最大の根拠地真珠湾を奇襲して壊滅させたのですから、これは重大な国際法違反。これがアメリカ側を激怒させて、後に
「リメンバー・パールハーバー」という言葉を呼び起こすことになります。ちなみに今でも、アメリカ人同士で日本のことが話に出ると、まず真っ先に真珠湾の
問題が出されます。戦後生まれの日本人である私としては正直たまったものではないです(笑)。
さて、このような経緯から日本の真珠湾奇襲は完全な騙し討ちだと非難されることになるわけですが、これに対して日本側から反論が出されます。
それは、アメリカ側は事前に外務省の暗号を解読していて、日本側がアメリカに宣戦布告することを知っていたはずだし、真珠湾を奇襲することも知っていたは
ずだ、というものです。
日本側がアメリカに宣戦布告することを事前に知っていたということと、日本が真珠湾を奇襲することを事前に知っていたということはイコールではありませ
ん。また、宣戦布告されることを事前に知っていたということと、宣戦布告すると同時に真珠湾を奇襲する計画になっていたことを知っていたかどうかというこ
ともイコールではありません。さらに言えば、問題視されているのは正式な宣戦布告文書が出される前に攻撃を開始してしまったことにあるのであって、アメリ
カが宣戦布告されることを事前に知っていようが知ってまいが日本側が国際法に違反したことを帳消しにできるものでもありません。
とは言え、人は自分の無実を確信している時よりも後ろめたい思いをしている時の方が、あれこれと立派な理屈をいくつもいくつもこさえてくることもまた事実
であります(笑)。
真珠湾を奇襲されることを知っていて、真珠湾には戦艦だけを配置しておき、虎の子の空母は退避させていたという話については眉唾ものです。そもそも真珠湾
奇襲が起
きるまでは、まだ空母と戦艦のどちらが強いか、次の世代の海軍の主力はどちらがなるかという論争に結論は出ていませんでした。空母が戦艦よりも強いという
ことを証
明したのは真珠湾以後の話です。そういうことで、まだ空母が戦艦よりも強いということを完全に証明されているわけでもないのに、米海軍保有の戦艦の三分の
一を囮として真珠
湾に配置し、空母だけ逃がしておいたという話は、いささか現実味に欠けます。ましてや軍事には素人であるはずのルーズベルト大統領が、そこまでの先見の明
を発揮して、確信を持ってまだ明確な実績があるわけでもない空母を温存し、それまで海軍の強さというのは戦艦を何隻保有しているかであるとまで言われてい
た主
力の戦艦を囮に活用するというのは、突拍子もない発想と言えます。また、空母を退避させるとは言っても、空母『レキシントン』は真珠湾の近海に存在し、日
本の機動部隊がもしも本気で索敵していれば発見されて一瞬で撃沈される恐れも十分ある状態で、日本軍の奇襲を避けるために退避させていたとするにはあまり
にも中途半端で不自然だと言えます。
それではどうしてこの時にたまたま空母だけが全部真珠湾から出払っているという幸運に恵まれたかのかという話にもなりますが、ヒントはこの時に米海軍の保
有空母5隻(レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネット)のうち2隻が航空機輸送の任務に従事していた、というところにありそ
うです。ホーネットは就役直後で訓練中であり、残り4隻の空母のうち2隻が航空機輸送に従事していたというのも大仰な話です。ただ開戦直前に、アメリカ側
は日本が東南アジア方面に大輸送船団を派遣しているという情報を入手しており、その警戒のために前線基地を増強していたというように考えると話の辻褄が
合ってくる。実際にすぐに戦争になるかどうかという判断はともかく、現場の判断として警戒のために前線基地を増強する必要性は感じていた、そしてそのため
に平時としては空母をフル稼働にして前線基地に航空機を輸送していた、というシナリオは自然なものと言えるでしょう。そしてそれは、具体的な日本の真珠湾
奇襲を予期していたかどうかということとは全く違う次元の話でもあるのです。
とは言え、このサイトの主目的はあくまでも一次資料を明確にしての歴史的事実の検討。推測に推測を重ねるような今回の話はあくまでも余談の部類です。
そろそろ本題に入りましょう。本題は、ルーズベルトは事前に真珠湾奇襲を知っていたか?ということ。そして、それに関する論の根拠は何か?ということにな
ります。
今回取り上げる一次資料。それは、ルーズベルトがアメリカ議会おこなった対日開戦の演説です。
以下、原文です(引用元: Franklin
Delano Roosevelt: Pearl Harbor Address to the Nation
)。
Mr. Vice President, Mr. Speaker, Members of the Senate, and of
the
House of Representatives:
Yesterday, December 7th, 1941 -- a date which will live in infamy --
the United States of America was suddenly and deliberately attacked by
naval and air forces of the Empire of Japan.
The United States was at peace with that nation and, at the
solicitation of Japan, was still in conversation with its government
and its emperor looking toward the maintenance of peace in the Pacific.
Indeed, one hour after Japanese air squadrons had commenced bombing in
the American island of Oahu, the Japanese ambassador to the United
States and his colleague delivered to our Secretary of State a formal
reply to a recent American message. And while this reply stated that it
seemed useless to continue the existing diplomatic negotiations, it
contained no threat or hint of war or of armed attack.
It will be recorded that the distance of Hawaii from Japan makes it
obvious that the attack was deliberately planned many days or even
weeks ago. During the intervening time, the Japanese government has
deliberately sought to deceive the United States by false statements
and expressions of hope for continued peace.
The attack yesterday on the Hawaiian islands has caused severe damage
to American naval and military forces. I regret to tell you that very
many American lives have been lost. In addition, American ships have
been reported torpedoed on the high seas between San Francisco and
Honolulu.
Yesterday, the Japanese government also launched an attack against
Malaya.
Last night, Japanese forces attacked Hong Kong.
Last night, Japanese forces attacked Guam.
Last night, Japanese forces attacked the Philippine Islands.
Last night, the Japanese attacked Wake Island.
And this morning, the Japanese attacked Midway Island.
Japan has, therefore, undertaken a surprise offensive extending
throughout the Pacific area. The facts of yesterday and today speak for
themselves. The people of the United States have already formed their
opinions and well understand the implications to the very life and
safety of our nation.
As commander in chief of the Army and Navy, I have directed that all
measures be taken for our defense. But always will our whole nation
remember the character of the onslaught against us.
No matter how long it may take us to overcome this premeditated
invasion, the American people in their righteous might will win through
to absolute victory.
I believe that I interpret the will of the Congress and of the people
when I assert that we will not only defend ourselves to the uttermost,
but will make it very certain that this form of treachery shall never
again endanger us.
Hostilities exist. There is no blinking at the fact that our people,
our territory, and our interests are in grave danger.
With confidence in our armed forces, with the unbounding determination
of our people, we will gain the inevitable triumph -- so help us God.
I ask that the Congress declare that since the unprovoked and dastardly
attack by Japan on Sunday, December 7th, 1941, a state of war has
existed between the United States and the Japanese empire.
以下、上記の訳文。この文章は芦原豊が翻訳したものです。
副大統領閣下、国民の代表である上院ならびに下院議員の皆様:
昨日、1941年12月7日――この日は不名誉な日として記録され続けるでしょう――、アメリカ合衆国は突如、大日本帝国の海空軍による意図的な攻撃を受
けました。
米国は日本と平和な関係にあり、なおかつ日本の要望はまだ太平洋における平和の維持に向けた日本政府ならびに天皇との対話を望むというものでした。
さらに、日本の航空部隊がアメリカ領のオアフ島に爆撃を開始した1時間後に、日本の駐米大使とその同行者は合衆国の長官に、直近のアメリカからの書面に対
する公式の回答を提出しました。その書面に記載されていた内容は、今や無用のものとなっている既存の外交交渉を継続しているものであって、その文書には戦
争や
武力攻撃を暗示したり脅迫したりするような内容は含まれていませんでした。
このことは記録されるでしょうが、日本からハワイまでの距離から、明らかにこの攻撃は何日も前から、おそらく数週間まえから意図的に計画されていたもので
す。この期間中、日本政府は真相を隠し、平和の継続への期待を表明して、アメリカ合衆国を欺き続けていたのです。
昨日のハワイ諸島に対する攻撃によって、米陸海軍は深刻な被害を被りました(訳注:当時米空軍は存在せず、航空部隊は主に陸軍に所属していた)。遺憾なが
ら私は多くのアメリカ人の命が失われたことを皆様にお伝えしなければなりません。さらに、アメリカの船がサンフランシスコとホノルルの間の公海上で攻撃を
受けたとも報告されています。
昨日、日本政府はマレー半島に対する攻撃も開始しました。
昨夜、日本軍は香港を攻撃しました。
昨夜、日本軍はグアムを攻撃しました。
昨夜、日本軍はフィリピン諸島を攻撃しました。
昨夜、日本はウエーキ島を攻撃しました。
そして今朝、日本はミッドウェー島を攻撃しました。
日本は、太平洋全体にわたって奇襲攻撃をおこなったのです。昨日および今日に起きた事実は何を語っているかは、それ自体が示しています。米国民は既に意志
を固め、生命と我が国の安全とは何かという暗示をよく理解しています。米陸海軍の最高指揮官でもある私は、我々の防衛のための手段を全て実行するよう指示
しました。我が国全体が我々に対する攻撃とはどういう性質のものであるかを忘れずにいるということを常に示し続けるでしょう。
この計画的な侵略行為を我々が克服するためにどれだけの時間を要するかは重要ではありません。正義の中にある米国民は絶対的勝利を得続けるでしょう。
敵対行為は現実のものとなりました。我々の国民、我々の領土、そして我々の権利が危機に瀕しているということは、見ぬふりをするわけにいはいかない事実な
のです。
我が米軍による安全の保証と、我が国の国民の無限の決意とによって、我々は必然的な勝利を得ることでしょう――神よ、我らを救いたまえ。
私が問いたいことは、1941年12月7日の日曜日の日本による、不当で卑怯な攻撃があって以来、合衆国と大日本帝国との間で戦争状態に入っていることを
議会が宣言するかどうかということです。
上記の原文で、非常に重要なのは次の一節です。
And while this reply stated that it
seemed useless to continue the existing diplomatic negotiations, it
contained no threat or hint of war or of armed attack.
私はこの部分を以下のように訳しました。
その書面に記載されていた内容は、今や無用のものとなっている既存の外交交渉を継続しているものであって、その文書には戦争や
武力攻撃を暗示したり脅迫したりするような内容は含まれていませんでした。
真珠湾奇襲後の1時間後に提出されたという、問題の外交文書は、既存の交渉を継続している(すなわちアメリカの対日禁輸解除に向けた外交交渉に関する条件
の打ち合わせでしょう)もので、対米宣戦したものではないということなのです。
ちなみに、他の人が訳したもので、ここのフレーズが、「もはや既存の外交交渉を継続することは無用であるという返信であった」というように訳されているも
のもあります。
訳し方が違いますし、内容も全然異なりますね。つまり、どちらかが誤訳しているわけです。
重要なのは、this reply stated that it seemed useless to continue the existing
diplomatic
negotiationsというフレーズが、「既存の外交を継続することが無意味なものであるという内容の返信」なのか、「今や無用のものとなった既存の
外交交渉を継続している内容のものであった」のか、it seemed useless
というフレーズが外交文書に書かれていた内容なのか、それともルーズベルトが外交文書に記載されていた内容に対して抱いた感想なのか、というところにあり
ます。
そして私はこのフレーズが、ルーズベルトが書簡に対してuselessであると抱いた感想であると解釈して翻訳しました。その根拠を以下に提示します。
1.もしも「既存の外交が無用であると書簡に記されていた」という文章になる場合、具体的なフレーズを引用した内容であるから、内容を説明する動詞に
stateを使うのは不自然であること。it seemed
to...がルーズベルトの所見であるならば、それ以下の一節は文書の具体的内容を引用したものではなく、全体の概略を簡潔にルーズベルトが説明している
ものなのでstateを使用するのは自然であること。
2.もしも仮に「既存の外交が無用であると書簡に記されていたが、戦争や今回の武力攻撃を暗示する内容のものは無かった」とする場合、前のフレーズと後の
フレーズは一致しませんから、二つの文章の間にbutなどの接続詞が入るか、あるいは文脈からして"useless to
continue"のフレーズの部分にalthoughなどの接続詞が入らないとおかしいこと。
ということで、私は「今や無用のものとなった外交交渉を継続しているもの」という解釈をしました。
この訳で正しいかどうかということは、実際に開戦一時間後にアメリカに提出された日本側の回答文書をそのまま引用してくればすぐに判明する話なのですが、
そのような文書はインターネット上に無く、簡単に引用できるものではありませんでしたので、今回の論の正確性に関する議論はここが限界です。
とは言え、当初の「真珠湾は騙し討ちであると言うが、日本側の外交暗号を解読してルーズベルトは日本が宣戦することを知っていたはずだ」という論に対する
回答は、今回の引用文から敷衍して考えると明白なものになります。
つまり、もともと外交文書の中には日本がアメリカに宣戦する内容を何一つ書いていないのですから、仮に外交の暗号を解読してその内容を知っていたとしても
日本が宣戦するなどとは夢にも思っていない、また仮に暗号を解読して内容を知っていたとすれば、ますます日本が当面はアメリカに戦争を仕掛けてくることは
ないだろうという判断に傾いていたとしても仕方ない、という結論になるわけです。
もう一つ、ルーズベルトの議会演説に目を通していて気になったことを書いておきます。
それは、ルーズベルトは真珠湾を奇襲された後でも、国民が対日開戦を支持すると確信できなかったのではないか、ということです。
もう一度、議会演説の内容をよく読み直してみてください。
ルーズベルトは自分から、「日本に宣戦する」とは言っていませんし、それに関する言質も一切与えていません。あくまでも、議会に対して「アメリカは日本と
戦争状態にあるということを議会は宣言しますか?」と、議会側に責任を投げています。
さらに、the American people in their righteous might will win through
to absolute victory.という言い方も微妙です。
in our righteousではありません。in their
righteousです。我々の正義ではありません。彼ら(アメリカ国民)の正義だと、ルーズベルトは言っています。
さらに、will win through to absolute
victoryも微妙な言い方ですね。単に「戦争で勝つ」ことを言いたいのなら、"will
win"だけで良いはずですし、もう少し詩的な表現をしたい場合でも、戦闘の勝利を意味するvictoryを通してwinする、という表現であるならば少
し拙劣と言えるでしょう。
しかし、このvictoryを、アメリカ国民の既存の精神的勝利、すなわちモンロー主義の継続による不参戦による平和への期待という解釈を含めるのであれ
ば、このフレーズはかなり意味深なものになります。
さらに、The people of the United States have already formed their opinions
and well understand the implications to the very life and safety of our
nation.と言う言い方もかなり計算しつくされた言い回しをしています。
アメリカ合衆国の人々は、既に彼らの目的、すなわち彼らの生命の保持と国家の安全の保持のために、何をしなければならないかという意志を固めている(直訳
すると、意見を形成している)、と言っています。しかし、アメリカ国民が具体的にどのような意志を固めているのか、ということについては、ルーズベルトは
何一つ言及していません。
アメリカ国民は日本と戦う決意を固めているというのか、アメリカ国民はあくまで非戦主義を貫くという決意を固めているというのか、ルーズベルトはアメリカ
国民がどういう意見に傾いているのかということを何一つ指摘していないのです。
それでいてルーズベルトは、アメリカ国民は既に自分たちの意見を固めている、と言っているのです。あたかも自分は、アメリカ国民の意見をよく理解してい
て、その意を汲むつもりであると告げるかのように。自分自身はアメリカ国民の意見をよく理解していると言うように。
ちなみに、これ以後のルーズベルトの演説も、よく注意して読んでみてください。国民が戦争を望んでいる場合であっても、国民があくまで不参戦による平和を
望んでいたとしても、そのどちらであってもきちんと意味が通るように文書が作られています。よく考えて作られています。
その上で、戦争状態にあるかどうかという判断を議会に投げています。つまり、大統領である自分はアメリカ国民の意見をよく知り尽くしている(この時点でア
メリカ国民は戦争する気でいるか、それとも非戦主義を貫く気でいるかということはルーズベルトは一切言っていませんが)。その上で議会は、アメリカは日本
と戦争状態にあることを認めますか?と、アメリカが戦争状態に突入しているかどうかという判断を議会に投げていて、ルーズベルト自身がアメリカは戦争状態
であると認定するつもりはないのです。はっきり言って、かなりずるいです(笑)。
とは言え真珠湾奇襲攻撃を受けた後であっても、ルーズベルトは開戦に対し100%の国民的支持を得られるとは考えていなかったことが読みとれます。
そもそも過去に議論となっていたのは、「ルーズベルトはヨーロッパの戦争でイギリスを助けるためにドイツに対し宣戦をしたかったが、国民の大多数はヨー
ロッパの戦争に巻き込まれることに反対していた。だからルーズベルトは日本を挑発し、日本に先にアメリカを攻撃させ、その報復を口実として日本および日本
の
同盟国であるドイツに宣戦したいと考えていた」という内容のものでした。これがいわゆるドイツに宣戦するために日本から攻撃させる、裏口参戦と呼ばれるも
のです。
しかしルーズベルトは、真珠湾奇襲の段階になっても、アメリカ国民が開戦を支持するという確信を持っていなかったとなると、この構図は大きく崩れます。も
しも真珠湾を奇襲されるような失態を演じてもアメリカ国民が開戦を支持しなかった場合、日本を挑発してアメリカを攻撃させた大統領に責任が及
ぶからです。
国民からの不支持を恐れて対独開戦を控えていたルーズベルトが、同じように国民からの支持を得られなくなる恐れがある日本からの宣戦布告を実現させるため
に積極的に謀略を働いたというのは、かなり無理のある筋書きです。
ちなみに太平洋の戦いは日米ともに宣戦しないまま突入しましたが、ドイツとの開戦についても、ドイツからアメリカに対する宣戦で戦争が始まっており、アメ
リカはドイツに対して宣戦はしていません。裏口参戦をおこなうのであれば、日本とドイツに対して同時に宣戦しなければならないはずであり、この点でもルー
ズベルトが裏口参戦を計画していたという論には疑問が生じます。